雨が降っていた。ここのところ連日空模様は荒れていて、太陽を久しく見ていない気がする。
今も雨雲のせいで星一つ見えない。
暗い空間。暗い心。
煌びやかなネオンの下を歩く事は気が引けていつものように薄暗い路地を歩いていると、白い何かが目にはいった。
「・・・なんだろ」
近付いてみる。ちょっとした好奇心からだった。
「犬・・・・・・?」
薄汚れはしていたがよくペットショップなどで見かける種類の犬だ。
こちらもよく汚れた段ボールの中に入っている。
もともと人気のない路地裏だ。一応辺りを見渡してみたが、飼い主など見つかるはずがなかった。

捨てられてしまったのだろうか。

愛情を注がれていたはずなのに。きっと幸福だったはずなのに。
人の勝手でこんな寂しい場所に置き去りにされてしまったのだろうか。
気づけばその震える体を抱き締めていた。
自分とよく似ている。少なくとも今は放り出されてはいないが、いつかきっと自分はあの人に見捨てられるという恐怖がいつもいつもぬぐえない。予感はきっと確信に変わるだろう。
「僕が・・・弱いから」
空を見上げる。雨雲が厚く、見えることはないが今日はおそらく三日月ていど。
あの月が丸くなった夜に、その「時」はくる。
慣れてしまった違和感。もともと自分はそう造られているのだと自然と理解した。
自分と同じカタチをしたものを食べることに少しも抵抗が無いかと言われれば嘘になるけれど、食べなければ生きていけないのだと冷えきった自分に別段驚くこともない。
「あたりまえ」の事をしているだけだ。

昔は、ずいぶんと昔は、独りで食事ができなかった。
だからずっと「あの人」に頼りきりだった。
「あの人」が狩ってきたモノを、あの人と一緒に食べていた。
きっとその頃に捨てられていたら、今自分の目の前にいる犬のように、ただ震えることしかできなかっただろう。
弱さは罪なのだろうか。
ふとそんな事を考えた。

「かわいいね。」

気配はなかった。だが確実に毎日聞いている声を間違えるはずがない。
振り返れば「あの人」がいた。
「ロシアさん」
「かわいいね、それ。ラトビアのモノ?」
違います、と答えようと振り返ると、彼は笑顔だった。
そして当たり前のように、言った。


「かわいいけど、それは美味しくないよ」


昔はその笑顔が怖かった。
今は不思議と安心する。
そんな自分が1番性質が悪いとわかっていながら、そうなんですか、と答えた。

歪んでいるのは誰。

平穏


(2008/09/05)