雑踏の中。
様々な髪が、肌が、目の色が交差する。
土地柄か、捜し求めている色を二つとも持った人は随分と少ない。
持っていても明らかに西洋の人の顔をしていて、探し人には到底遠い。
ならばアジアの地で、彼の地で探せばいいじゃないかと言う声が聞こえるが、それは、出来ない。


もし、彼の地に行って彼を見つけたら。



そうしたら自分は如何すればいいのだろう。




以前、ロシアに連れられてロンドンを彼が歩いているのを見たことがあった。
随分と様変わりしていたが、彼を見間違えるはずは無い。
たとえ、その背が縮んで、まるで子供のような姿だったとしても。
だが、呼びかけようとした彼の名は、口から外に出ることなく潰えた。
「菊」と、人前で使用している名すら呼ぶ事は出来なかった。
呼ぶ事が、怖かった。
臆病と言われる事は我慢できないが、それよりも耐え難いのは、好意を寄せている相手の目に自分が映らないという事実だった。
自分ばかり彼を目で追っていて、彼の目に自分は映っていないどころか気付きもしなくて、そして其の事実に何時も心が潰れそうになる。
以前は、まだ彼が青年の姿をしていた頃は、相変わらず思いを伝えることは出来なかったけれど、確かにその目に自分は映っていたのに。


諦めてしまえばいいじゃないかと、何度も思った。
何度も、嫌になる程悩んで、けれど如何しても好きで。
女々しくて嫌になる。
何年越しの片思いだと自嘲気味に呟く。
十年二十年など生易しい。自分でも分からないくらいの永い時が流れて、それでも色褪せることなく、むしろ日々其の思いは募っていった。


そんな状況で、どうして慕う事を止める事が出来ようか。






例え、どんなに見つめても返ってくる事は無いと思い知らされても。







彼は俺に気付かない。

嫌なのに、傷つくのは嫌なのに、目が彼を探している。

潰れそうなほどの胸の痛みの中で、それでもどうしても彼を好きにならなければ良かったと思えない事だけが、今の自分を支えていた。


久闊


もう一度自分の名を呼んでくれるのならば、
何を投げ出しても構わない。