また、だと思う。何度目かは知れない。けれど確かに、過去にも見たもの。彼の目の奥。ちらりと頭をもたげた、火。欲望が詰まったその火。それはひっそりと、そして確実に堅固な存在感を示しつつ、彼の目の奥に住んでいる。四六時中顔をのぞかせているわけでは無いが、その存在が消え去る事は決して無い。彼が情欲を感じた時。その瞬間から火は彼の奥に個を主張し出す。火は、自分に向けられている。いつも目線の先は自分だからだ。きっと見たことは無いが、自分の瞳にもその火は存在していると思う。果たして彼がその存在に気付いているかは自分には判らないが。火は強まったり弱まったりする。けれど消える事は無い。そして彼がその火を乗り越える事は、未だ無い。卑怯な自分は、彼が乗り越えて来てくれれば、と願う。その火を飛び越えてきてくれるのならば、自分の何もかもを曝け出して彼にくれてやっても良いのに。全て暴いてしまう権利を、くれてやっても良いのに。そんな事を考えている自分は卑怯だとも思った。自分は安全な側に居て、彼だけに無理を強いる。それでも火を飛び越えて来てくれる事を、願っている。そんな自分が浅ましくて大嫌いだった。
三島由紀夫/潮騒
2008/01/25