「あ、ドイツー!」
視界に入った時点で脇目も振らず一目散に駆け寄る。もし子犬みたいに尻尾が着いていたらきっと千切れんばかりに振っていただろう。
彼もより幾分か小さい体だがそれでも成人男性の平均はある質量を、彼は難無く受け止める。
その顔は呆れ気味で、「もう慣れた」と物語っていて、そして少し困ったように緩められ、時折照れがかいま見えていて、彼のそんな表情が大好きだった。
「ハグして、ハグ!」
「してるだろ」
「キスも!」
少し甘えた感じで見上げれば、自分に甘い彼は渋々ながらも抱きしめてキスをくれる。
ああ、やっぱりその少し照れた表情が堪らない。
「ドイツ大好きー!」
「・・・なぁ」
いつものやりとりが、その日は少しだけ違った。
「なんでそんなに、お前は『好き』と口にするんだ?」
その一言に、ドキリと心臓が跳ねる。
理由は、実は曖昧ながらも一応きちんとあるのだが(好きでやっているのも勿論ある)、それを上手く説明できる自信が無い。
何と口を開こうか迷って、特に意味は無いのだけれど、彼のスモークブルーの瞳を見つめた。
普段の態度とは違う自分を心配してくれているようで、どうした、大丈夫か?と心地良い声音が耳に響く。


やっぱり、好きだなぁ・・・。


もう一度、今度は挨拶では無いハグをして、上手く話せるかわかんないんだけどね・・・、と口を開いた。



「初恋・・・の子、にね」
ドイツは余計な茶々を入れる事なく、真剣に聞いてくれている。
だから自分も、上手い下手は別にして、精一杯話そう、と思った。
「初恋の子に、全然好きって言えなかったの」
今でこそハグもキスも大好きと言う事も難無く可能だが、その頃はあまりできなくて、そして言えなかった。
「全然好きって言えなくて、・・・その子とお別れしないといけなくなって、最後にキスして好きって、やっと言えたんだけど・・・」

胸が、痛かった。

上手く思いを伝えられなくて、最後の最後にやっと言えたのに、待っていたのは別れだけで。
「絶対また会おう」という約束は、果たされる日を夢見て、そして夢のまま終わった。
何度も後悔した。
どうして、もっとたくさん好きって言えなかったんだろう。
時間もチャンスもたくさん有ったはずなのに、どうして最後にしか言えなかったんだろう。
たくさん言えば良いってもんじゃないかもしれないけれど、自分はそうやって何度も口にするしか思いを伝える方法を知らないから。

「だから、ね。好きになった人には、たくさん、たくさん好きって言おう、って思ったんだ」


あげられるものは、言葉とこの気持ちくらいしかないから。
少しでも多く、目に見える形で君に、と思ったんだ。

「ハグするのは大好きな証。キスも勿論。好きな人に、何回好きって言ったって満足なんかしないよ。ううん、できない」


「大好き」と口にする度に思いは募る。
口にする度に、少しの満足とそれ以上に何か足りない気分に襲われる。
きっとこの気持ちは、言葉になんかできない。
触れ合う手と手から伝わればいいのに、なんて考えてしまう。
でもそんな事はできないと。
知っているから、何度も、近い意味の言葉を模索して口にするんだ。



ドイツは少し驚いたような顔をしていた。
「上手く・・・話せなくてごめんね」
「いや・・・」
そんな事は無い、とバリトンが響く。
「あー・・・その後その初恋の子とやらには会ってないのか?」
「・・・・・・ないしょ」
ちょっと悪戯っぽく笑って誤魔化した。優しい彼はそれ以上追及してこなかった。
それが嬉しくて、悲しかった。


正直なところ、彼の事をあまりしっかりとは思い出せない。
どんな顔だったかな、と思い浮かべてみても、もやがかかったように曖昧だ。
だからきっと、今会っても分からない。
あんなにも大好きだったのに。いや、大好きだったから。きっと別れの痛みに耐え切れなくて、忘れてしまった。
唯一覚えているのは、スモークブルー。
今目の前にいる彼とよく似た色の瞳の持ち主は、やっぱり彼によく似て自分に優しかった。
「・・・・・・ドイツみたいに、優しかったのは覚えてるよ・・・」
顔は思い出せないけど、優しくしてくれて、嬉しかった事だけは絶対に忘れない。
ぽつりと、呟いた言葉は予想以上に大きく響いて彼の耳に届いたようで、気付くとドイツの腕の中だった。
その腕の温かさと、かつての甘い痛みが疼いて、涙がとまらなかった。

少年