素馨が酷く香っていた。
思えば、初めて口付けを交わしたのも、此の真白な花の咲き誇る季節だった気がする。
忘れまいと思ったはずのその初々しい記憶も、いつのまにか薄れていた。
しかし記憶が薄れてしまった事を、悲しいとも思えない。
変わってしまったのは彼か私か。
此の花はお前にぴったりだと、歯の浮くような台詞を照れもせず言ってのけた彼の人は、今は何処に居るのだろう。
さして興味が湧く訳ではなかったが、頭の隅で少しだけ考えて、止めた。
「どうでも・・・良い」
誰に聞かせるでもなく呟いた言葉は、少し冷たい風と共にどこか遠くへ去っていった。
嗚呼、そろそろ真白な花が開く時刻。
部屋の卓の上には昨晩の内に開いた、一厘の素馨が花瓶に生けてある。
たった一厘でこれだけの香りだ。
一面の花畑は、噎せ返るようなのだろう。
その花の香に紛れて死んでいくのも良いなと思った。
隠しようもない、汚い、細胞の腐敗して行く臭いはあの香りが飲み込んでくれるだろう。
果たして自分に、死の臭いなど存在するのかは別として。
それでも戦火などはうっすらと香るのだから、きっと果てる時にも腐敗する臭いは生まれて鼻に付くだろと思う。
白い花で着飾った柔らかい木々に埋もれる感触を想像して、
眩暈がするほどの至福の中に私は堕ちていった。
ソケヰ