くるくると表情が変わる、いつも楽しそうな友人が何だか今日は元気が無い。
「イタリア君、どうかしたんですか?」
お節介かとは思ったが、尋ねる。元気が無いですね、と言うと、あのね、と彼は口を開いた。
「あのね、日本だから俺言うんだけどね…兄ちゃんの元気が無いんだ…」
彼が言うには、彼のお兄さん(ロマーノと言う名だが、普段はお兄さん、と呼んでいる)が先月の中旬頃から妙に沈みがちらしい。
先月は、如月。何か彼に特別な事があっただろうかと考えて、もしやと思う。
「…バレンタインデーと何か関係が?」
「すごいね日本、よく分かったね!」
予感は的中。きっと彼の人の事だから意地を張ってしまって何か失敗してしまったのだろう、と当たりを付けるとどうやらこれも正解らしい。
「バレンティーノの日にね、兄ちゃんスペイン兄ちゃんからお花貰ったみたいなんだ」
ぁ、これは兄ちゃんから聞いたんじゃなくてね、だいたい兄ちゃん恥ずかしがってそんな事俺に言うはずないし、だからスペイン兄ちゃんから聞いたんだけど、と彼は続ける。
「とにかく、お花貰ったのにバレンティーノの日から兄ちゃん落ち込んじゃって…」
落ち込んでいるという、その理由は安易に想像がついた。
「変な矜持が邪魔をして、きっとお礼を言えなかったんでしょうね」
「…兄ちゃんだもんね」
彼も同じ意見らしく、少々困ったように微笑んだ。
失礼だとは思うけれど、何とも可愛らしい御方だ。
「それでね、やっぱり俺兄ちゃんには笑っててほしいから」
兄ちゃんの相談にのってくれないかな、と彼は続けた。
「俺には話してくれないけど、日本は兄ちゃんと仲良いから…ダメかな?」
あまりそう頻繁に会うわけではないけれど、彼の兄との仲は確かに悪くない。彼の兄は嫌いな相手には話し掛けたりしない性格なので自分は嫌われていないのだなと思う。
「お役に立てるかは分かりませんが、是非」
そう言って、自分には当たり前すぎて忘れていたことを思い出す。そうだあの習慣は確かこちらには無いのだった。旨く利用する手はいくらでもある。
「ありがと日本!!」
飛び付いてきた彼の重さに倒れないよう体勢を整えながら、あのですね、と耳打ち。
「今度お家に訪ねて行くので、イタリア君はドイツさんと出かけていることにしてもらえませんか?」
イタリア君が居るとお兄さんも話しにくいでしょうから。
そう告げると、兄ちゃん照れ屋さんだもんね、と言っていつもの楽しそうな笑顔で笑った。
そんな話をした日から経つ事数日。
「ごめんください」
家の戸を叩いて、当然でてくるのは兄の方。
「あれ、日本?」
「こんにちは、お兄さん。イタリア君いらっしゃいますか?」
居ないと解っているのにこんな事を聞くのは少々気が引ける。
「あー・・・あのバカ弟はじゃがいもに用があるってさっき出てったぞ」
「そうですか・・・では、また後日」
帰る気などさらさら無いが、嘘も方便。
「すぐ帰るって言ってたから、あがって待つか?」
「いいんですか?なら、お言葉に甘えて・・・」
騙してしまってごめんなさい、と心の内でこっそりと謝った。勿論聞こえるはずも無いし、彼に騙されたなんて自覚をもたれてはいけないのだけれど。
日当たりの良い部屋に通されて、ちょっと待っててくれと言い残して彼は台所へと向かった。
少ししてお茶と、確かティラミスと言う名前をしたはずのお菓子を持ってきてくれた。
「甘いもの、大丈夫だったよな?」
「ええ、ありがとうございます」
とりあえず、不自然には思われないように、ティラミスを見ながらさも今思いついたように口を開いた。
「そういえば、もうすぐホワイトデーですね」
「・・・・・・へ?」
こちらには無いんでしたよね、なんて白々しく続ける。
「私の家では、バレンタインデーは女性が男性にチョコレートをあげる日なんです」
それは弟から聞いてる、と彼は言った。バレンタインと聞いて一瞬表情に陰が落ちた気がするが強ち思い過ごしではないだろう。
「そのお返しをするのが、男性から女性に贈り物をするのがホワイトデーなんですよ」
義理チョコなんてものがあるのでお返しが大変です、と続けたがそこは然程大事ではない。
大切なのは、お返しをする日と言うものがある事を彼に告げる事。
「バレンタインのお返事を、ホワイトデーにする事も珍しくないんですよ」
更に駄目押し。彼の、弟ほどではないが結構分かりやすい表情の変化で、ホワイトデーと言うものに関心を持ってくれたことが見て取れた。
これ以上何かを言うと逆効果だろう、と判断して適当な話題に切り替える。半ば上の空で一応は自分の話を聞いているがきっと愛しい人へどうにかしてお礼をしようなんて考えているであろう彼が、やっぱりとても可愛かった。
その後戻ってきたイタリア君と他愛ない話をして、お兄さんはきっとすぐ元気になると思いますよ、なんて告げた後まだ日が高かったのでその足で更に西による事にした。
目的地は、先刻のとても可愛らしい人の、想い人の家。
「あれ、日本?」
突然お邪魔して申し訳ありません、と言いつつ先刻尋ねた彼と全く同じ言葉で出迎えてくれた事に微笑ましい、なんて思ってしまう。
「少し、お話があるのですが・・・」
玄関先で構わないと言ったけれど、気の良い彼は遠慮しないで、と言って客間に通してくれた。
「さっきまでお兄さん、いえ、ロマーノさんに会ってたんです」
ロマーノ、と口にすると微妙に表情が変化した気がする。だがやはりさすがに彼の表情はイタリア兄弟と違って読みにくい。
「本当に、可愛らしい御方ですよね」
動きが、止まった。
「・・・に、日本?」
「どうかしました?」
いや確かに可愛いけど、とか、人に言われるとなんだかなぁ、なんて声が聞こえる。
「ロマーノさん、先月の中旬ごろから元気が無いようですね」
「そうなんだよ・・・」
何か知ってるのか?と聞かれたけれど、自分の口から言うべき事では無いので答えは口にしない。
「ところで、私の家にはホワイトデーと言うものがあるんですけれど」
「ん?ホワイトデー?」
無理やり話題を変えても、人の良い彼はちゃんと相槌を返してくれる。やはり彼も知らないようだ。まぁ無理も無い。遠い東の果ての島国の風習なんて。
だからにっこりと、微笑んで言ってやった。
「バレンタインデーのお返しをする日なんです」
どうやらこの一言で、ロマーノが何故元気が無いか分かったらしい。
「ロマーノさんもご存じなかったみたいです。やはり私の家独自のものなんですね」なんて惚けてみたが彼には私が何を言いたいかちゃんと伝わったようだ。
「・・・・・・食えないなぁ、日本は」
「そんなにお手軽に美味しく頂かれては困ってしまいますね」
我ながら立派な狸だと思うけれど、そんな自分は嫌いではない。
別にからかいたいのではなくて、見ている此方まで幸せになれるような、そんな二人だからまたいつものように一緒にいるところを見せてほしいだけだ。それがスペインにも分かったようで、ありがとな、とお礼を言われた。
はて、何の事でしょう?と相変わらず惚けながら二人で笑いあった。
ただのお節介かもしれないけれど、やはり大好きな人には笑っていて欲しい。
a wish