香ヲル

ふわり、と。

風と共に微かにだけれど。
何かが香った。

腕の中に、すっぽりと納まってしまうくらい小柄な、けれど自分より随分と年上のはずのこの人。
抱きしめたら真っ赤になってしまって、本当に自分より年上なのだろうかと疑ってしまう。
まぁ東洋にはハグやキスの習慣が馴染み薄いようだから仕方ないのかもしれない。
挨拶のキスでさえ、此方では一々戸惑うらしい。

「あ、・・・あの」

腕の中から声がする。

「い、何時まで・・・」

そうだった、抱きしめたままだった。

「済まない、ただ」

顔を真っ赤にしている彼を離すと、良い香りがして、と言いかけたがその言葉はふと目の前を横切った白い物に遮られた。

「・・・雪?」
「え、今日は雪は降らないと思いますよ?」
「・・・じゃぁ、今の白いものは」

そう言いかけて、庭に立派な木があるのが見えた。
木は真っ白な小ぶりな花を大量につけている。

「あぁ、梅の花びらが風に舞ったのですね、きっと」
「ウメ?」
「バラ科の植物です。杏・・・えと、アプリコットの近縁種なんです。
 昔は此方では、花と言えば梅だったのですよ」

聞きなれない名前の花は、真っ白でとても綺麗だった。
風に乗ってまた一枚、一枚と花びらが舞う。
ちょっと待っててくださいね、と言うと彼は枝の一本を手折ってこちらに持ってきた。
あまり強くは無いが、良い香りが風と共に届いた。
初めて嗅ぐ筈なのに、その香りには何処か覚えがある。

「こちらには・・・その、ウメとやらは多いのか?」
「はい、実が非常食となるので、色々な場所に植えられていますよ。
 花も美しいので私としてはとても嬉しいです」

梅の花言葉は「あでやかさ」と言うらしい。
そう説明してくれた彼に、まさにお前の事だなと言ったら耳まで赤くしていた。
彼の体からは微かだが、手折った花と同じ香りがしていた。
その香りが心地よくて、もう一度彼を抱きしめると酷く困惑していたようだが気にしないことにした。




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例えば国土一杯に花が咲いたら、体からは花の香りがしないかな、なんて。