辺りを見渡す。
どこまでも続く一色。
黒。
闇の色。
静寂の色。
何かが潜んでいるような、けれどそんな空気すら威圧する漆黒。
左右どころか上下すら定かではない空間。
自分は今立っているのか浮いているのか。
重力、引力、その他の力、全てがここには存在していないようだった。
することもなくて、自分の両手をしげしげと見てみる。
人間に酷似したつくりの手。
枝分かれした5本の指。
なんとグロテスクなものだろう。
掌に刻まれた皺は、頼りない。
けれど決して消えずに存在を主張するそれ。
じっと見つめていると段々気が遠くなってきた。
一度乱暴に頭を振る。
そうして恐らく前である方向に目を向けると、そこには、「少女」が浮いていた。
否、彼女はもしかしたらただ立っているだけなのかもしれない。
自分の腰のあたりまでしか無さそうな身長の持ち主と、眼が合う高さで対峙している。
だから瞬時に「浮いている」と判断しただけであって真実は分からなかった。
黒より黒いこの闇の中で、彼女の存在だけはしっかりと認識することができた。
着ている服の色や、髪の色もはっきりと分かる。
そういえば、自分の姿も視認できることに気づいた。
何故なのだろう。
しかしこの空間でそのような事は些細な問題ではないように思えた。
「あなたはだあれ?」
甘ったるい少女の声が不思議と響く。
「あなたはヒトではないのでしょう?」
純粋な瞳に射抜かれる。
少しだけ、頷いた。
少女の言葉はなおも続く。
「あなたはあなた。それいじょうのなにでもない。それいかのなにでもない。」
また、少しだけ頷いた。自分は自分以外の何者でもない。
「あなたはおわるもの。」
終わるモノ。それは変えようの無い結末。
「あなたいがいも、おわるもの。」
そうだ、世界もいずれは閉じるだろう。
それが何時か、という問題だけで、終りが来ることは明らかだ。
「けれど」
彼女の笑みが、少し濃くなった気がした。
背筋が冷える。
「あなたは、もう、おわるもの。」
もう、終わる。
それは「もうすぐ」という意味だということが瞬時にわかった。
だが。
今の自分達に何も問題はない。
度重なる戦にも勝って、政治もうまくいっている。
これで、何が終わるというのか。
ただの子供の、他愛無い戯言だろうか。
「あなたは、ぜんぶうそだというのね。」
頷く。
子供の冗談だ、そんな事は。
「ぜんぶきょむだというのね。」
全て、と答えてしまっていいものかと少し考え込んで、結局は頷いた。
「じゃあしんじつはどこ?」
くすくすと、可愛らしく笑うその声が、酷く冷たい。
そんな質問はずるい。
「そんなしつもんずるいじゃない?」
思考を読まれたのかと思えるくらいタイミング良く発せられた高い声。
さっきから冷汗が止まらない。
「すべてはうそよ。
そしてすべては、ほんとう?」
達の悪い謎かけをしている気分だ。
本当も何も、日々この両眼で確かめている。
「あなたのめでみたからたしかだなんて、それはあなただけのこと。」
そんなことは。
「それはあなたいがいにはただのきょむ。」
どうしてそんな何でも無い事のような笑みでそんな事が言えるんだ。
「あなたにとっても、ただのきょむ」
自分にとっても?
「あなたのめにうつるものすべてがほんとうだなんてだれがきめたの。」
それは。
「どうしてあなたにしかわからないのにしんじつだといえるの。」
「あなたはなにをしっているの。」
目を開くと自室の天井が飛び込んできた。
どうやら、長い夢を見ていたらしい。
吐く息は荒く、冷汗も止まらない。
あれは誰だったんだ。
あれは何だったんだ。
自分は、終わるのか。
言いようのない不安が己を支配する。
あの闇は、いつでも心の中にあるような、そんな気がした。
こんなこと、誰にも相談できそうにない。
たかが夢の出来事だ。
そう思い込もう。
けれど最後の一言が離れない。
あの高い子供の声が離れない。
「あなたはなにをしっているの。」
自分は何を知っている?
2008/03/26