幾日か前、目玉をえぐり取られた。
言ってしまえばそれだけの事だが、普通に生きていて、ある日突然目玉をえぐり取られるなんてシーンに出くわす確率はかなり低いだろう。
痛みもそれなりにあった。
何故急にそんな事をされたかは分らないが、それよりももっと分らない事はその目をえぐり取った相手が当たり前の顔をして自分の前に現れた事だった。
「やっほー、元気にしてた?」
お前が言うのかと嘆きたくなる台詞が彼の第一声だ。
「あーやっぱりもう戻ってるか」
遠慮なく彼は自分の顔を覗き込んでくる。
自分の顔にスモークブルーが二つ在る事を確認して溜息をついた。
「片目のプーも惨めで大好きだったのになぁ」
もう一度確認をしたいが、自分の目玉を神経からえぐっていったのは目の前のやつだ。
なぜそんな元凶にこんな口を聞かれないといけないのか。
「お生憎様。もうすっかり完治だよ。それよりお前の方はどうもないのかよ」
少し口調に毒を含みつつも、ここで彼の心配をするなんてとんだお人よしだと自分でも思う。
けれど彼はその時、彼自身の眼を自分のものと入れ替えたのだ。
ダメージはそちらの方が大きいだろう。
拒絶反応とか人間とは明らかに違う中身なので存在するかどうかは分からないが、無かったのだろうか。
そして彼もまさか自分の口からその身を案じる台詞が出てくるとは思っていなかったらしく、面喰っていた。
「何、心配?」
すぐさま彼はいつもの貼り付けたような笑みを戻したが、それにしては緩い気がする。
「心配したら悪いのかよ。お前、いくら欲しかったからとか言ってもとんでもない無茶やってんだぞ」
だいたい手すらまともに消毒してない状態で目に手を入れるなんて、と独りでぶつぶつ言っていると小さな声で「ありがと」と確かに聞こえた。
見つめた先の彼の笑顔は、いつもの張り付いたような笑みではなかった。
優しく微笑まれて、顔が赤くなるのを感じる。
改めて彼の顔を見て、そこに紛れもなく自分のものだったブルーがはめ込まれている事を少し不思議に思った。
「・・・・・・似合うんだな・・・」
思わず、口にする。
想像していた以上にグリーンとブルーのオッドアイというものは奇麗で、そして似合っていた。
自分が零した一言で、さらに彼の笑みが深まる。
「ありがとう、プロイセン」
それはこの間も聞いた言葉。
いつもはプーとかプーさんとかまともに自分の名前を呼ばない彼が自分の名前を呼んで、いつもは絶対にお礼なんて言わない彼がありがとうと口にした瞬間。
胸の奥がじんと疼いて、その眩しい笑顔とともに確実に心に焼き付けられる。
この笑顔には、敵わない。
そんな事を思った初夏の昼下がりだった。
2008/01/12