「どうかしたの?イシュ」
「え、何、急に」
「ずっと考え事してたじゃない」
「ああ、うん。ちょっとね、欲しいモノがあるんだ」
「それ、そんなに悩むくらい手に入りにくいようなモノなの?」
「うーん、多分・・・まぁうじうじしてても仕方ないよね。ちょっと出かけてくるよ姉ちゃん」
「晩御飯までには帰ってきなさいね。いってらっしゃい」
ずっとずっと欲しかった。
初めて見た瞬間から。
自分の手に入ることは無いと、一度は諦めようとした。
けれど無理だった。
奇麗な、其れ。
ちょっと痛い思いをしてでも、やっぱり欲しい物は欲しい。
欲望は簡単で単純だ。
お金なんてそんなもの、必要ない。
自分が欲しがっているモノに比べればまるで価値がない。
ただ少しだけ、コツがいる。
壊さないように、けれど其れが収まっていた場所から確実に取り出す。
完璧な球体では出てこなかった。
それも想定内の事だから問題は無いが、きれいな球体のままで見たかったという欲望が少しだけ顔を擡げる。
次は、自分だ。
想像していたほど痛みは酷く無い。
ためらいなどあるはずもないから、スッと指を入れる。
ぬめった感覚。
少しの痛み。
紐みたいな神経が切れて、暗転。
空っぽになったそこに、今取り出した奇麗な奇麗なスモークブルーを押し込める。
乱雑に扱った神経はずたずたな状態だったが、それでも自分の体との融合を始めた。
見た目は「人」でも、中身は圧倒的に違う。治癒能力なども格段に生物より上のようだ。
暗転していた右に光が差し込む。
どうやら神経は無事つながったらしい。
新しい「眼」で、この眼の持ち主を見る。
彼は右目が在った場所から涙と大量の血を流しながらこちらを見ていた。
そんな彼には構わず、噴水の脇による。
鏡みたく澄んだ水に自分の顔を近づけた。
右目の周りは彼みたく血で派手にデコレーションされている。
酸化して黒ずんできた赤黒い血。髪は榛。そのなかで血と涙を流しながらも煌く青と、そして対の位置にあるグリーン。
ずっと、欲しかった。
長い間焦がれてきた。
彼の、このスモークブルーの瞳。
穏やかな水面のような、薄く雲のかかった青空のような、奇麗な蒼。
「ありがとう、プロイセン」
普段は呼ばない彼の名前を口にする。
痛みに耐える苦悶の表情を浮かべながら彼が問うてきた。
「なんで急に俺の目玉なんかえぐっていきやがるんだ・・・」
痛みも少しは落ち着いてきたらしく、血も涙も流れを止めていた。
「ずっと、欲しかったんだ」
ほら奇麗でしょ、と歩み寄っても見えねえよとしか返ってこない。
「初めて見た時から、ずっとずっと欲しくてさ。嫌になるくらい奇麗なんだもの。
それに眼球えぐったくらいじゃ死なないし、新しいうちならすぐ神経つながるだろうなぁって。
目の一つくらい、いいデショ?どうせ俺らの体の事だ。再生くらい易いよ」
しかし目の前で眼球の入れ替えを見せつけられた彼は多少ショックを受けているようだ。
そんな彼の右の空洞に、持っていたハンカチを当てる。
即席の眼帯を作りながら、呟いた。
「ねえ、俺の眼、入れる?」
先ほどえぐり取った自分の眼は行き場を無くして噴水の淵に座っている。
「んな悪趣味、ねえよ。」
一つだけのブルーが威嚇するようにこちらを見た。
「うん、プーはそうやって言うと思ってたよ。なら、眼が再生するまでの我慢だね」
自分には何の問題も無い風に、笑顔で突き放す。
てめえと彼が何か言った気がしたが、それよりも放置されていた自分の緑の方に気は移っていた。
少しの間、どうしようと考える。
このまま捨ててしまうのは、何だかもったいない。
あ、と独りごちてその緑をすくい上げ口に含んだ。
そのまま彼の後頭部を固定して口づける。
多少大きさがあるから、苦しい。
それでも長い間舌を使って、何とか彼に飲み下させた。
「美味しかった?」
そんなわけあるか!と怒声が帰ってくる。
けれど長いキスで顔を赤らめ息を上げながら反論されても、力がない。
「今のプーも美味しそうだけど、もう満足したから今日は帰るよ」
バイバイ、と。我ながら満ち足りた笑顔でその場を後にした。
プロイセンは自分がした事についてくるのがやっとだったらしく、何も言わない。
次ぎ会う時には蒼は二つに増えているだろうかと考えながら、家に戻った。
「おかえりイシュ。あら?」
「ただいま姉ちゃん。何?」
「其れ、もしかして・・・アイツの?」
「すごい!よくわかったねー」
「わかるわよ。悔しいけどそのブルーだけは奇麗なんだもの・・・!」
「そうそう、すっごく奇麗だよね。もう俺我慢できなくてさ」
「あーあちょっと羨ましいわ。まぁいっか。ご飯にしよう、イシュ」
「うん、ご飯にしよう。お腹空いた」
2008/01/11